ここ数日曇った夏らしくない日ばかり続くのですが、来週テスト開けで、お友達と泳ぎにいくことも多くなるだろうと思って。あらかじめKの水泳用パンツを購入してきました。 「パパんちって水泳パンツもうあるんだっけ?二着買って来たんだけど、一着、いる?いらなかったら返品するか平気だよ。」 とパパにメッセージすると、「助かる! 去年のもうたぶん小さいから あとで振り込んどくから額だけ言ってきて」と割と速攻で帰って来たよ。 買い物ってやはり男は苦手みたいで(実は私も苦手だが)どうせ自分が買うんならついでに共同親の分も聞いてみるのはいいことだ。 パパんちにも一着持って行ってねー と、すかさず、またパパと同じラインですアピールをしておくママであった。いちおう、抜け目はないつもり。(抜けまくり)
Month: June 2021
「楽しんできてね」
さあ、今日は月曜日。パパのうちで夕食を食べてから、ママのうちに移動してくる日。 息子が居ない週は、一人で好き勝手にして楽しんでいるので、かえって来るのは、嬉しいけど、息子が居る週は、もうちょっと「ちゃんとする」(笑)週という感じです。 たとえば、食べ物なんかも、ひとりだとそんなに量はいらないし、残り物のアップサイクリングでささっとこしらえて終わりとか。いろいろ時間がかからなくてラクなんですよね。息子が居ると、育ち盛りだからがっつり食べたいみたいだし、いろいろリクエストもあります。あと、やつの部屋も汚いorz ものの扱い方が煩雑。なので掃除もあちこち頻繁に必要 orz 冷凍庫からアイスとったら霜張るからちゃんと閉めてくれよ! 教科書出しっぱなしにすんな! トイレ座ってしてくれ! などなど。 ママのうちのルールセットは、こやかましいですから(笑) ちょっと今書こうと思ったのは、送り出すときの言葉です。 たった一週間とはいえど、行ったり来たりが始まったころ、最初はお別れが寂しかった。 でも、寂しそうにしていると、子供が負担感じるらしいです。ママを置きざりにするような罪悪感。 子供は、両方の親が大好きで、両方の親がハッピーで居てもらいたい、といつも思っています。しかも、両方の親に忠誠心が強く、親がハッピーでないときに、どうにかそうなってもらうのを、意識しなくても、自分の責任としてとらえてしまう子供たちです。 いやいや。大人なんだから。自分のハッピーくらい、自分で自分に提供しなくては失格でしょう。 だから、「行っちゃうね。さびしくなるなあ。」はダメ 「いってらっしゃい!パパと、いっぱい楽しんでおいで!」というのが正解。 でも、前の記事でも書いたけど、自分で自分のハッピーが確立できるようになると、自然にこういう言葉も変わっていくようです。私はそうでした。 それで、パパのうちから帰ってくると、いつも、「パパ週、パパとどうだった?何楽しいことした?週末どうしてた?」と質問攻めですよ(笑) その逆もそう。嬉しいことに! 「ママはなに楽しいことしてた?なにか嬉しいこと、あった?」 帰って来た日のこの会話が嬉しい。 まとめ:1.親は大人なので、自分のハッピーくらい自分で自分に提供する。2.子供はけなげにも親のハッピーを自分の責任に感じてしまう。3.子供がハッピーだと、嬉しいでしょう?反対もしかり。親が楽しいと、子供も嬉しい。
さっきの補足
前の記事読みかえしつつ、補足が必要と思いました。 「これまで、一つの共同体として二人で協力して分担できていたことが、家が二つになることによって、それぞれが独立した単体として上記のすべての領域で機能していかないといけません。」 ま、最初はそうなんだけど。基本はそれぞれシングルペアレントなんだから。だれもいなかったら自分がやるっきゃない。 だけども、共同養育だと、最終的には、養育に関しては、ある程度までは、共同体に戻るというか。もちろん、離婚前のようにがっつりした共同体ではないけれど、新しいパートナーたちと、その二人の家族構成員も巻き込みながら、何と言ったらいいか、ざっくりした「ゆるーい」共同体になるという感じ。なれたかなと思います。
夏休みの相談中
きのう夜元旦那さんから電話があり、夏休みの相談でした。 彼女のEさんの夏休みが、私の夏休みとどっぷり重なっちゃっているらしい。で、二人はイタリアに車で行きKも連れてキャンプしに行こうかっていう話も出ている。どうしたらベストかな?という電話。 明日Kがママと試験勉強準備しに来ることになっているので、その時にどうしたいか、Kの本音の希望をママからも聞きだしておきます。 と同時に、電話越しにさらっと、長所と短所をさらっと二人でおさらい。 イタリアでキャンプ、友達がいないと、大人ふたりとずっと、っていうのはKも退屈ではないかな。二週間連れていってもらうのは、私はかまわないよ。ただ、ママはそこしか夏休みないから、ママとKが夏休みらしいことを一緒にする時間はもうとれないかも。それでKが良いなら、二週間連れて行ってあげてね。(私らが日本に行くときも、行きたいだけ行かせてもらってきたし、それはお互いさま。)ママとおっさんは今回ステイケーションで遠出しないつもりだったから、フレキシブルだよ。Kが居ないなら、計画修正するから。 代替案:イタリアは一週間でKと三人で行って帰ってきて、ママに引き渡して、あとその週二人で過ごせばいいんじゃない?元旦那さんのほうでは、Eが八月にずらせないのか、聞いてみるよ、だって。追加情報としては、Hくんは引っ越し準備があって、夏休みはとくに家族で遠出はしないらしいよ。 息子が一番嬉しい夏休みになれば、それでいいよ。 というわけで、今日日曜日、ママのうちに試験準備に来たK。これに関して聞いてみると:「ぼく、わからないよ。友達が一緒に行けるなら、二週間大丈夫と思うけど、一人なら、年寄りと二週間はつまらないな。」「相変わらず失礼がすぎる。もしイタリアが半分の一週間だけになったとしても、どうせ、そのあとの一週間も、ママとおっさんという、これまた年寄りと一緒ですよ。おあいにくさまでした。」「あ、そっか。」 まあ、想定内だな。 あとは、パパに任せよう。ラストミニッツではあるけど、夏休みの相談は、まだ続く。 まとめ:1.どんな相談にも子供は関与してもらいましょう。すべて希望どおりにしてあげられないことくらい、子供だってわかってくれているし。2.譲る・助け合う、は、普通の友達間でも同じように、必要。3.譲る・助け合う、が重なったところに、信頼関係が築かれていくはず。
一番最初にお願いされるシッターでいる
離婚後、お互いにシングルペアレントになり、忙しい仕事、家事、育児と、二人がそれぞれこなしていかなくてはなりません。 これまで、一つの共同体として二人で協力して分担できていたことが、家が二つになることによって、それぞれが独立した単体として上記のすべての領域で機能していかないといけません。 仕事が忙しいとき、帰ってこれないとき、どうする。出張のとき、どうする。学生さんのアルバイトでベビーシッターを毎回つけるのも手でしょうか。けれど、毎回それだと、お金もたくさんかかりますし、子供はあまり嬉しくないかもしれません。 お互いがもう片方の共同親に頼めると、子供が一番嬉しいはず。だって、子供が一番大好きな大人が、両親のふたりですもんね!見ず知らずのお兄ちゃんお姉ちゃんとは緊張しちゃうし。それに、この子のことを一番わかっていて、一番愛していて、一番気にかけてくれるのは、外注のシッターではなくて、親なんだから。 はじめはなんだか借りを作るような気がすると思います。弱みを見せると不利になるんじゃないか、とか。私もそうでした。はじめは。それは大きな恥ずかしい間違いでした。 これから長い付き合いだし、お互いさまだから。こちらも気持ちよく引き受ければいいんです。そうやって、一歩ずつ、信頼の気持ちが強くなっていきました。さすがママ。さすがパパ。頼りになるなあ。そう思える日が、絶対来ます。 この週末は預かってもらえないかな。出張で移動なんだ。という向こうからのお願いごとは、最初「えー。予定変更できるか確認するよ」とか、いじわるな感じの態度をとっていた私。恥ずかしい過去。 いろいろあって、多少成長できて、変わることができました。むしろ今は、元旦那さんの依頼があれば、それに合わせるように私も調整します。彼ができないときは、私がKの一番のシッターでありたい、一番最初の受け入れ先でなくてはならない。子供のために、そう考えるようになりました。むしろ、依頼をいただくことは、ありがたいことだ!って今ではほんとに感謝できます。元旦那さんも、一時期仕事がめちゃくちゃに忙しく、「今日の夜かえって来れない!ヘルプ!」という事態が何回もあったっけ。こういうときは、逆に、いま信頼のクレジットを稼いだんだ。ありがたいなあ。と思えばいい。 もう息子は中学生でシッターは全く必要がありませんが(笑)現在でも、数日以上不在となると、その週の前後で、パパ週とママ週を交換することもやっています。息子の利便のためでもあるし、一日日中だけ、くらいならいいけど、複数日は当然心配ですね。 まとめ:1.お互いを助ける気持ちが信頼につながっていった。2.お願いすることは決して弱みを見せることではない。3.相手から依頼があったら気持ちよくお受けする。できれば、こっちも調整して子供優先のスケジュールに。4.子供にとっての最善を考えるようになった。
子供の忠誠心は両方の親に
また苦手な領域:過去から書きます。 子供のDNAは父と母の両方から成り立っていて、それがやはりきっと生物学的にも焼き付いているのかな?子供は父にも母にもものすごい忠誠心を持っていますよね。 離婚の協議中、別居してしばらく経ったころのことを思い出したので書きます。パパもママも掃除は適当なほうなんですが(離婚後は、どちらもきれい好きになったようです)、ふとした瞬間に言ったんですよね。悪気はなくて、彼そのころものすごい忙しかったので、単に軽く心配、かつ軽く冗談、みたいなノリだったのですが。 「パパんちはちゃんと掃除できてるかな。ホコリだらけになってない?」 そしたら、なんと、息子は大粒の涙をポタポタと落としながら怒り出しましてね。 「パパだってちゃんとできるもん!パパだってお掃除もお料理もできるもん!ちゃんとやってるもん!」 息子、当時八歳。小さいからだをぷるぷる震わせながら、胸を広げて体を大きくして、仮想でそこにいるパパを護るようにして立ちはだかっているのでした。 すぐに抱きしめながら、ごめんなさいを言いました。 パパを攻撃されたように感じたんでしょうね。かわいそうに。自分が代弁し、護る必要を感じたのか。 それから私は、元旦那さんに関する言及をすべてプラスのものに修正するようにしました。そのきっかけは、この一件だったと思います。 あのときの息子の悲しみとか怒り、二人ともが大好きなその気持ち。この事件を思い出すたびに、怒涛のように押し寄せてきますね。息子自身はもう忘れてるかなあ。今度聞いてみよう。 まとめ1.子供はふたりとも大好き2.だから相手のことは批判しない
来るぜ、夏休み。
気がついたらすぐそこだった。…… 来週はテスト週間で、それが終わると事務的に(教科書返したりとか、追試とか、進路とか)数日登校があって、来ちゃうよ。夏休み(焦) 今年も日本はあきらめたんで。日本っていうなら息子は目を輝かせるんだけれど(それは嬉しいことです) 健康的に、海辺や森のキャンプ場にテント張ってすごそうぜ! という提案をしたが、 ティーンエージャーの息子:「ふっ(薄笑い)。ぼく、文明的な普通の家に住んでるんだよ? なんでわざわざ、プリミティヴな環境に身をおかないといけない? ぼくは、いかない。」 また、そういう身も蓋もないことを。(しかも薄笑いしやがった…) かくいう私も別にダイハードなキャンパーではないので、「あ、そう。」あっさりと、OK、次いこ、次。 で、いろんなところに実はアイデアが落ちていた。夕食後などに笑えるYouTubeを見せ合ったりすることがあるんだけど、Kって意外と動物大好きで。ある日、オランウータンの爆笑映像見せてくれました。 「おおーかわいいね。」「うん。ぼくオランウータン大好きなんだ」(母:しめた!) 「じゃ、夏休み一回オランウータン見に行こう。動物園?猿山?入ってさ、いろいろ弁当もお菓子もパラソルももっていって、ずーっと日がな一日、オランウータンだけ見つめてようぜ!」「(爆笑)いいね、それ!」 というわけで、アクティヴィティのひとつが、決定された。 「日がな一日、オランウータンを見る。」という活動(笑)ずっとそこに居たら、こっちゃこい、って手招きされたりして。 その活動について話したら、おっさんが、どの動物園にいるのかさっそく調べてくれていた。かれも乗り気らしい。まじ? 三人でオランウータンを見つめる一日? どうなる? まとめ:1.別にすごい旅行計画とか子供は求めていないらしい。2.子供がうれしい計画たてるのってかなりアンテナが必要。
親としての関係をクリーンに保つこと
あれは、修行の日々でありました。それだけは、はっきり覚えています。 共同「親」としての関係性を、前パートナー「だった」ときの痛み、ゴミ、ガラクタ、イライラ、いやだったこと、コンチキショー、などなどの感情から、クリーンにする作業。 この辺りは、早く書いてしまわないとならない項目に入ります。少しずつ書き足します。最初はいまいち伝わらない書き方かもしれませんが、少しずつ精進して伝えられるようになりたいと思うのでお許しください。 何しろ私は脳科学が関係する書籍が好きなこともあり、「過去も書き換えられる。未来も書き換えられる。」という信条なんです。離婚後、がんがん書き換えてしまっているので、急がないと。 1.生きてるだけでもうけもん 何があってもなくてもそのままで幸せになる。私は寄付するときはUNHCRにするんですが、命と住むところがあればそれだけでもうけもん。という感謝の気持ちをリフレッシュしたいときに寄付します。生きてて屋根があれば、ありがたいことに、豊かな国に住んでいるので、なんとかなる。それで、どんなクレージーな変人な母親でも、子供にとっては、絶対に生きていたほうがいい。あたりまえのことだけど、ときどき、いろいろあると、やけくそになって、自暴自棄になって忘れませんか。私は、よく、忘れました。自分を大切に。 2.相手は相手。 相手もひとりの親。週末だけのパパだとしても。うちはがっつり親権半分の親やってくれていますが。ここはもう、がっつりとまかせましょう。細かいことが気になったとしても。目をつぶって、任せる。だってもう、相手の親のやり方はもう変えられないです。週末何時に風呂入れてるのとか、食事偏ってないか、とか、あの映画みせちゃだめ!とか、そんな細かいところより、お互いの信頼関係を築くことにちからを入れましょう。って簡単そうにいうなあ…… 3.自分がまず幸せになる。 子供は、お父さんやお母さんのこころの状態を完璧に曇りなくミラーリングします。こわいですねー。なにがあっても自分のいい気分を乱されない強さを身に着ける。さらさらテフロン加工。鉄壁のごきげんさん。これがホンモノになっていくことで、子供も確実にこれをミラーリングします。ほんと簡単そうにいうよなあ…
ルールセットへの反抗
この家に落ち着いて三年半くらいになりました。 パパ宅でできることとママ宅でできることの差には、別居当初大変悩みました。 当時まだ8歳だったので、いつまででもゲームさせてしまうとか、大人用のアクション映画見せちゃったとか。 中学に上がってすぐは、ママ宅のルールセットが「ばかばかしい」ルールばっかり、と反抗されようになったこともあります。いろいろ細かいですからね。ママは。ルールセットの違いは今度があればですが、分析してみます。 もうここ二年ほど?かな。落ち着きました。 当時まだ私ら共同親同士、まだ多少ぎこちなかったというか まだあまり信頼関係が築きあがっていなかったため、起こっていた反応のようです。 私らが仲良しこよし!とまではもちろんいかないが(離婚したくらいだし)、あんたに関しては、きっちり相談して、同じラインにいるんだよ。ということが出来上がっていって、この不平不満は聞かなくなりましたね。裏には、仲良くしてほしい、という気持ちがあったんだと思います。 なので、何かっていうと、「それ、パパに相談しとくわー。」「あー。こないだパパにそれ聞いたらさあ、こんなこと言ってて、こんな風に決めるって話したから。」とか、同じラインに立ってますアピールを激しくやってます(笑) これから必要になるのは、アルコールに関する決まり。これからKが飲酒するのは時間の問題かもしれない。その時、片親が厳しく、もう片親がゆるい場合、利用される可能性あり。なので誕生日を控えてちょろっと話しておこうと思ってます。 まとめ。 1.うちの場合、ルールの違いに反応する裏には、両親がまだカサカサしているところを見透かされ、それに対しての不満があったと考えられる。2.うちの場合、パパとママは同じラインに居ますアピール攻撃が功を奏しました。
同じ街で
両親が転勤ばかりで、私はどこかに根を張った記憶がない。幼馴染がいたことを覚えているけれど、もうだれともコンタクトがない。 そうこうしているうちに、今住んでいるこの街が、最長記録になってしまった。この街で結婚して、子供を産み、離婚をして、気が付いたらこんなにも長くここに住んでいた。 友人との人間関係を継続メンテするのはあまり得意ではないかもしれない。この人と、どんなコンタクトをどれくらいの密度でとるのが適当か、がうまく測れない。思いっきりどこかに所属しようとして失敗したこともある。そのせいで、得意でないのか、それとも:「いつかまた場所が変わる」っていう根無し草感が、そうさせているのかもしれない。 だから、息子には転校などさせない。街を変えるような引っ越しなどしない。これは、離婚後の新しい章を開くうえで、前提条件でした。 ターシャリーに上がってみんなそれぞれの道を選ぶまで。近隣の仲良したちと一緒に成長してもらいたい。学校の近くの店で同じようなジャンクフードを買い食いして。一緒にバカなことやって。 仲良しの男の子が一緒にたくましくなっていく姿を見るのは壮観です。久々に遊びにきた仲良しさんの声変わりとか。そうそう、私の背もみんなからどんどん越されていく。 離婚後の数年は、自分の生活立て直すのに一生懸命だったながらも 彼らの日々の成長を感じる本当に美しい日々でした。 Kがターシャリーに行ったら、私はどうするかな。また、根なし草根性に従って、ふらふら違う街に住むのだろうか。 まとめ。1.離婚は子供にとって、おそらく世界が真っ逆さまになるような大変化なので、変化しない要素は多ければ多いほどいいんだと思います。2.離婚+転校ってものすごいストレスなんじゃないかなあと察します。